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豆腐の歴史
豆腐は大豆加工食品の代表格
「畑の肉」と呼ばれる大豆は、古代から日本人の食生活を支え、健康に大きく貢献してきた食材です。その大豆からしょうゆ、味噌、納豆、豆腐、湯葉、油揚げなど数々の加工食品が生み出され、豆腐はその代表格ともいえましょう。
豆腐は遣唐使によってその製法が日本に伝わったといわれていますが、朝鮮伝来という説もあり、残念ながらきちんとした文献は残っていません。
しかし、平安時代末期、奈良春日大社の神主の日記に、「唐符(とうふ)」の記述があり、「唐」という字が使われており、中国伝来説が優位ですが、一方、四国の土佐に、文禄慶長の役(1592~1598年)に長宗我部元親が朝鮮から連れ帰った捕虜に豆腐を作らせたとの記録が残っています。

庶民の食べ物として普及したのは江戸時代の中期
貴重なたんぱく源として禅僧の精進料理の中で発展した豆腐ですが、庶民の食べ物として広く普及したのは江戸時代の中期です。江戸時代初期には高級品として扱われ、農民にとっては「ハレの日」にしか口にすることができない食べ物でした。家康、秀忠の時代には農村では豆腐は作ることも食べることも許されない禁令が出され、三大将軍家光は「慶安御触書」に農民が豆腐を製造することを禁じる法令を文書化しています。
徳川幕府の地位が固まるにつれ、世の中は争いのない平和な世の中へと変わり、徐々に豊かな食文化が開けてきます。また、江戸時代には肉食禁止令が強化され、肉に近いアミノ酸組成を持つ豆腐は、良質なたんぱく源として徐々に庶民の間に浸透していきます。

豆腐料理のベストセラー
天明2年(1782年)に刊行された人気書『豆腐百珍』を契機に、豆腐は江戸・大阪を中心に徐々に全国に普及していきました。翌天明3年には『豆腐百珍続編』も出版され、『豆腐百珍余禄』という付録までつくという人気ぶり。この3冊には約240種の豆腐料理が紹介されており、豆腐がいかに庶民の食生活に溶け込んでいたかが分かります。
同じ江戸時代に出版された『精進料理献立集』に紹介されているレシピの約9割も、豆腐料理となっています。

「腐」は「くら」の意味
豆腐の漢字には「腐」という字が当てられていますが、これは「腐る」という意味ではありません。中国では液体に近い固体を「腐」を使い表現します。例えばヨーグルトは「乳腐」と書かれ、液体に近い軟らかいミルクと解されています。
「腐」の字の冠「府」には「くら」という意味もあり、獣の肉を貯蔵しておく「くら」を表しています。肉は、始めは死後硬直で硬いですが、時間の経過とともに軟らかくなります。そのことから「腐」という字は、「ぶよぶよと液体のように軟らかいもの」を広く指すようになったといわれています。

豆腐を使った珍しい外用薬「豆腐の湿布」
庶民の食生活に溶け込み、健康に大きく貢献した豆腐ですが、豆腐を外用薬として使った民間療法も伝わっています。
豆腐は体を冷やす作用のある食材。その熱を吸収する作用を利用して作られる湿布薬で、ねんざや頭痛時の熱取りに使われる外用薬です。
作り方は、まず豆腐1/2丁と小麦粉60gをよく混ぜ合わせ、ガーゼに5~6mmの厚さにのばして出来上がり。これを患部に貼り、熱で乾いてきたら取り替えます。
頭が重い時にも効果があるといわれています。賞味期限が切れてしまった豆腐で十分。機会があったら試してみてはいかがでしょう。
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